東京地方裁判所 昭和28年(モ)10391号 判決 1953年11月16日
債権者 日本電気産業労働組合
債務者 電気事業連合会 外九名
主文
債権者と債務者らの間の昭和二十八年(ヨ)第四〇二一号地位保全仮処分命令申請事件について昭和二十八年八月十九日当裁判所のなした仮処分決定はこれを取消す。
債権者の右仮処分の申請はこれを却下する。
申請費用は債権者の負担とする。
事実
第一、申請の趣旨
主文第一項掲記の仮処分決定を認可する旨の判決を求める。
第二、申請の理由
(一) 債権者組合(以下単に組合又は電産という)は債務者ら九電力株式会社(以下九会社という)の経営にかかる電気事業に従事する従業員で組織する全国的規模の単一労働組合であり、東京都に中央本部を、北海道、東北、関東、中部、北陸、関西、中国、四国及び九州の九地方に各地方本部を、都道府県又はその他地域に支部をその下に分会を置いている。
組合と九会社及び電気事業経営者会議(九会社の連絡等を目的とする連合体)との間には、昭和二十六年一月二十七日統一労働協約が締結されていたが、昭和二十七年四月の改訂期に、その改訂について紛議を生じ、長く争議を続けていたところ、中央労働委員会のあつせんの結果、双方は同年十二月十八日漸くそのあつせん案を受諾し、仮協定書に調印した。なお当時電気事業経営者会議は電気事業連合会と改められていたので、電気事業連合会(以下電連という)の名で九会社と並んでこれに調印した。
右仮協定によると、「労働協約は調停案通りとし、有効期間は六ケ月とする」と定められているので、労働協約は前記あつせん案中に示された「調停案」による改訂の限度で改訂され、改訂された新協約は右仮協定が成立した昭和二十七年十二月十八日発効することとなり、その有効期間は向う六ケ月即ち昭和二十八年六月十八日までとなつた。
(二) 右有効期間の満了が近ずいた昭和二十八年五月十五日九会社及び電連は「現行の統一労働協約は現在の情勢に即しないので来る六月十八日の有効期限到来後はその全部について効力を存続させる意思はない」旨通告して来たが、新統一労働協約第三十六条には「この協約の全部又は一部の改訂の申入があり、交渉が続行されている間は三ケ月を限りこの協約の効力を延長するものとする」と定められているので、組合は五月十八日書面を以て協約中第七条(異動)及び第八条(休職)関係につき、協約第三十四条に定める形式に従い、改訂案を明示して団体交渉申入により一部改訂の申入をした。然るに九会社及び電連は同月二十九日連名で重ねて前通知の趣旨を繰返えし、部分的改訂に反対の旨を通告し、協約の有効期間満了直前の六月十七日には「電気事業連合会は六月十八日限り協約に関し交渉の権能を有しない」として改訂交渉を拒否し、そのため六月十八日以後交渉は停滞している。然しながら協約第三十六条の趣旨は協約の有効期間満了により無協約状態の発生することを防止し、いやしくも当事者の一方がその改訂を申入れた以上は、双方の誠意ある交渉を予定して、交渉が妥結しない間、三ケ月を限つて暫定的に協約を存続させようとするにある。従つて組合がその交渉を断念せず、なお解決のため手段を尽し努力を続け無協約状態に入ることを合意しないでいる以上は「交渉が続行されている間」に該当するのであり、統一労働協約は六月十八日以降三ケ月間その効力を延長されているものである。
(三) 元来、統一労働協約は組合が昭和二十二年以来数年にわたる絶大な苦闘の結果獲得した成果であり、全国的単一労働組合である電産にとつてはその団結力を維持するゆえんのものである。然るに会社側は一方的にその失効を宣言し、効力の延長を認めないため、組合の統一労働協約によつて認められた統一交渉権は無視され、また例えば組合が四国電力で起つた給料支払日等についての苦情を、地方苦情処理委員会による現地解決が困難なため中央に移そうとしたところ、会社側は統一労働協約の失効を理由にこれを拒否したのであつて、組合が協約上保障されている、ユニオンシヨツプ制、解雇についての協議権、転勤についての苦情処理手続、経営協議会や懲戒委員会制度上の権利等はすべて会社側によつて否定されたこととなり、組合は事実上これらの協約上の地位を喪失したにひとしい。このことはひいては組合員の組合に対する不安感となつて、会社側の企図する組合の分断と分裂を促進し、組合の団結力を弱化せしめている。たとえ、三ケ月の効力延長期間内に改訂交渉が成らずして統一労働協約が遂に失効するとしても、少くも延長期間内における組合の協約上の地位、組合の統一交渉権、組合の団結権は侵害されてはならない。よつて九会社及び電連に対し統一労働協約の有効確認を訴求するに先立ち東京地方裁判所に本件協約上の地位保全の仮処分を申請し、昭和二十八年八月十九日「申請人と被申請人等との間に昭和二十七年十二月十八日締結された労働協約が昭和二十八年九月十八日まで有効であることを仮に定める。」旨の仮処分決定を得たのであるが、右決定は以上述べた理由により至当であるからその認可を求める。
第三、申請の趣旨に対する答弁
主文第一、二項と同趣旨の判決を求める。
第四、申請の理由に対する答弁
(一) 認否
次の事実は認める。
債権者主張の(一)記載の事実全部(二)記載の事実中新協約三十六条に組合主張の通りの協約の効力延長規定があること、組合が昭和二十八年五月十八日債務者らに対しその主張のような協約一部改訂の申入をしたこと、債務者らが連名で五月十五日「統一労働協約は現在の情勢に即しないので来る六月十八日の有効期限到来後はその全部について効力を存続させる意思はない」旨を組合に通告し、さらに五月二十九日、重ねて右の趣旨を繰返えし部分的改訂に反対の旨を通告し、協約の有効期間満了直前六月十七日「電気事業連合会は六月十八日限り協約に関し交渉の権能を有しない」として改訂交渉を拒否したこと。(三)記載の事実中四国電力株式会社に発生した苦情について会社側が中央での統一交渉を拒否したこと、債権者主張の日時その主張の通りの仮処分決定があつたこと、
その余の事実はすべて否認する。
(二) 統一労働協約は昭和二十八年六月十八日限り失効した。
債務者らが昭和二十七年十二月十八日電産との間に仮協定書に調印し統一労働協約を締結したのは、わが国の民生と産業を麻痺させる緊急事態に直面したいわゆる電産争議を妥結させるため中央労働委員会の切な勧告によつて止むを得ず為したのであつて、当時既に電産との間に全国的な統一労働条件を含む統一労働協約を締結することを許さない新事態が発生していたのである。即ち会社側の新事態としては、さきに電気事業再編成により昭和二十六年五月一日、現在の九電力会社が設立発足し、独立採算制による経営に移行してから、各会社ごとにその経営を異にすることとなり、各ブロツク内の自然の災害や発電量の差異等により、それぞれ経理状態を異にしていた。以上のような状勢下にあつて、従来九会社の委任をうけて常に労働協約の締結その他の団体交渉を電産との間に行つて来た電気事業経営者会議も、必然的に従来の機構を改め新な性格をもつて発足する必要に迫られたため、九会社は電気事業経営者会議を電気事業連合会と改め、その性格を変更し、昭和二十七年十一月二十日新な規約を作成して、爾後は九会社の特定の委任があつたときにのみ九会社を代理して電産と団交をもつこととし、原則的には団交の権限を喪失するに至つたのである。
他方組合側の事態としては、当時既に内部分裂によつて脱退者が相次ぎ、中部と九州には新組合の結成を見ていたのである。(東京電力では昭和二十四年十二月東電労組が電産から分離して結成されている。)仮協定書の但書に「協約締結のためになお決定を要する問題については直ちに協議に入り早期解決を期する」とうたつてあるが、これは当事者双方とも統一労働協約は新事態の進展に対応して労使関係を律して行くことが困難であることを認識していたことを物語るのである。その後昭和二十八年四月には東北電力に五月には関西電力にそれぞれ第二組合が結成され、爾余の会社においても同様の気運が高まり組合の実体は激変した。これら事情の変更により統一労働協約は九会社ともこれを維持することができなくなつたことは自明の理であるので、九会社は電連と連名で五月十五日附書面を以て前述のように「統一労働協約は現在の情勢に即しないので来る六月十八日後はその全部について効力を存続させる意思はない」旨の通告をしたのである。この通告は事情変更の原則によつて発生した解約権に基き期限を付して労働協約を解約した意思表示に外ならない。従つて統一労働協約は昭和二十八年六月十八日の経過とともに失効した。
債権者は、協約第三十六条の規定に基き協約の一部改訂の交渉が続行されているから協約の効力は六月十八日以降なお三ケ月間延長されている、と主張するけれども、債務者らが連名で五月二十九日組合に対し、協約の効力を六月十八日以降存続させる意思がなく、一部改訂に反対の旨を通告し、また六月十七日「電気事業連合会は六月十八日限り協約に関し交渉の権能を有しない」旨を通告したのであつて、九会社は新たに統一労働協約を締結する意思は全くない。また電連は九会社の特定の委任があつたときに限り九会社を代理して組合と団体交渉をすることができるのであるが、九会社は電連に対し統一労働協約改訂につき交渉権限を委任する意思は毛頭ないのであるし、六月十八日以後において組合との間に統一労働協約改訂に関する団体交渉は一度も持つたことはない。九会社及び電連は前記六月十七日の通告において「今後九電力会社としては、個別的にそれぞれの会社の実態に即した新たな労働協約について誠意を以て交渉をすすめる用意がある」旨を通告したのであるが、このことが統一労働協約の改訂交渉でないことはいうまでもない。このように協約第三十六条にいう「交渉が続行されている」事実は存在せず、従つて六月十八日以降において統一労働協約が効力を延長されていることはあり得ないことである。
仮に協約の効力が昭和二十八年九月十八日まで延長されたとしても、同日の経過とともに、統一労働協約が同日まで有効であることの確認を求める本訴請求は過去の法律関係の確認を求めることに帰し、その確認の利益を失い、従つて同日以後においては仮処分によつて右法律関係を保全することもまた無意味に帰するのであるから、本件仮処分申請はこの点において既に理由がなくなつたものである。
(三) 仮処分の必要性はない。
上述のように新事態の急進展に伴う重大な事情変更のあつた現在各会社別の労働協約こそが適切であつて、統一労働協約はたとえその効力を延長してみても、客観的にもはやこれを維持すべき実益がない。従つて九会社が改訂交渉に応じないことは正当の事由あるものというべく、組合としても会社側に対し団交を強制する権利を有しないことは当然であるに拘らず、交渉を持ち得ないために生ずる組合の損害を主張することは不当である。のみならず、協約の効力を延長しないからといつて組合に何ら現実の損害を生じているわけではない。組合の主張する四国電力の苦情処理問題も、必ずしも苦情処理手続にかけなければならない問題ではなく、まして中央苦情処理委員会にかけなければ著しい損害を生ずるような性質のものではない。その他、解雇、転勤、懲戒委員会、経営協議会等について具体的紛議は六月十八日以後において何ら発生しておらず、組合に現実の損害を生じたことはない、というべきである。また、協約失効後七月には四国電力に第二組合結成準備会ができ、北海道電力には第二組合が結成され、さらにその後中国電力に第二組合結成準備会ができ、中部電力の如きは八月十五日現在では電産組合員は三名を残すのみとなり九月五日現在では全員第二組合に加入届出をし電産は組合としての実態を喪失してしまい、今や電産は全国的についてその組合員の大半を失いつつある。この激変は組合内部の複雑な事情によるものであつて、会社側が統一労働協約の効力を否認し、統一交渉を拒否し、第二組合と各社別の協約締結交渉を進めていることによるものではない。組合の分裂を九会社の組合分断の企図によるものとするのは全く事実をしいる主張である。
要するに組合は統一労働協約が失効したことによつて何らの損害を蒙つていないのであるから、本件仮処分はその必要性を欠くもので決定はこの点においてそもそも失当であるから取消されるべきである。
第五、債務者らの答弁に対する債権者の主張
統一労働協約を失効させるに足る事情変更はない。すなわち仮協定調印当時の新事態が会社側についても組合側についても債権者主張の通りであること、その後昭和二十八年五月十五日会社側が協約の失効を組合に通告した当時までの間に東北電力と関西電力とにそれぞれ第二組合が結成されたこと、はいずれもこれを認めるが、これらの事実を綜合すればかへつて、仮協定調印当時新事態を熟知している会社側は自らの経営事情のその後の変化や組合側の右事情変更を予見し得たものというべく、それにも拘らずなお統一労働協約を締結した以上、事情変更の原則を主張して協約の効力を否定することは不当である。
九会社が組合に対し各会社別に労働協約を締結するため交渉の用意がある旨を通告したことは認めるが、組合が協約の一部改訂を申入れているに対して会社側がこのような通告をしたことは、客観的に協約第三十六条にいう「交渉が続行されている」ことに外ならない。六月十八日以降組合と会社側との間に一回の団体交渉も開かれていないことは争わないが、このことは「交渉が続行されている」と解する上に妨げとならない。
なお仮処分の必要性につき債務者らの主張している事実中、協約の効力延長期間中その主張のように組合が分裂したことは争わない(中部電力及び分裂組合員の人数については争う)が中部電力を含めて全国的に電産組織は厳存しており、統一労働協約維持の利益は喪失していない。しかもこのような組合分裂の原因は九会社が電産の分裂を企図して統一交渉を拒否し、第二組合の育成に狂奔し資金援助すら与え更に職制によつて電産脱退の署名運動を展開している不当労働行為によるものであり、かえつて仮処分の必要性を強める事情に外ならない。
第六、疎明<省略>
理由
一、債権者は債務者ら九電力株式会社の経営にかかる電気事業に従事する従業員を以て組織する全国的規模の単一労働組合であり、東京都に中央本部を、北海道、東北、関東、中部、北陸、関西、中国、四国及び九州の九地方に各地方本部を、都道府県又はその他の地域に支部、その下に分会を置くものである。
債権者(以下組合又は電産という)と九会社及び電気事業経営者会議(各会社の連絡等を目的とする連合体)との間には昭和二十六年一月二十七日統一労働協約が締結されていたが昭和二十七年四月の改訂期に、その改訂について紛議を生じ、長く争議を続けていたところ、中央労働委員会のあつせんの結果、双方は同年十二月十八日ようやくそのあつせん案を受諾し仮協定書に調印した。なお当時電気事業経営者会議は電気事業連合会と改められていたので、電気事業連合会の名で九会社と並んでこれに調印した。
右仮協定書によると、「労働協約は調停案通りとし、有効期間は六ケ月とする」と定められているので、労働協約は「調停案」による改訂の限度で改訂され新協約は右仮協定が成立した昭和二十七年十二月十八日効力を生ずることとなり、その有効期間は向う六ケ月間即ち昭和二十八年六月十八日までとなつた。
以上の事実は当事者間に争がない。
二、債務者らは右統一労働協約は事情の変更により債務者らの失効通告によつて昭和二十八年六月十八日限りその効力を失つた、と主張する。
労働協約は規範的性格をもつてはいるが、労働組合と使用者又はその団体との間の合意によつて成立するものであるから、一般の契約理論に準じ事情変更の原則が適用され得るものと解するのが相当である。然しおよそ事情の変更を主張するには協約成立の際にその環境となつていた事情について、その後当事者の責に帰すべからざる事由により、当時全く予想されなかつた重大な変更を生じ、そのために当初考えられた協約の維持が、信義誠実の原則上、一方の当事者にとつて極めて不合理となつた場合でなければならない。この程度に至らない些少の事情の変更により一方的に協約の無効を主張することができるとせば、協約は一方的に踏みにじられて、協約厳守の鉄則が無視せられる結果となるからである。ところが本件仮協定書調印当時、すでに会社側の事態としては、さきに電気事業再編成により昭和二十六年五月一日現在の九会社が設立発足し、独立採算制による経営に移行して以来、各会社毎にその経理状況を異にしており、組合側の事態としては当時既に内部分裂によつて全国的に脱退者が相次ぎ、中部と九州では新組合の結成を見ていた(東京電力では昭和二十四年十二月東電労組が電産から分離して結成されている)。こういう事情にあつたので、会社側ではあくまでも統一労働協約を結ぶことを拒否して、組合側と争議を続け、中労委の切なる勧告によりやむなく統一労働協約を結ぶに至つたことは、債務者らの自ら主張するところである。従つてこのような新事態がさらに進展してゆくことは仮協定調印当時既に相当程度予見し得たものと認めなければならない。またその後昭和二十八年四月には東北電力に五月二日には関西電力にそれぞれ第二組合が結成され、その後債務者らが協約の失効を通告した同年五月十五日以後においても七月には四国電力に第二組合結成準備会ができ、北海道電力に第二組合が結成され、さらにその後中国電力に第二組合結成準備会ができて組合員中これら第二組合に赴いた者がある程度の数にのぼつて九月十八日(協約の効力が延長された場合の延長期間満了時)に至つたことは、債権者も争わないところでありまた仮に第二組合に赴いた者の人数が債務者らの主張するとおりであり、中部電力において全員第二組合に加入したとしても、なお電産組合に多数の組合員が残存し、その組合が依然として各地方に組織を存続している限り、信義則上統一労働協約を維持し得ない事態とも認められない。
なお電気事業経営者会議の性格の変更がなされたが、右は債務者らが自らしたものであり、しかも新な電気事業連合会も、九会社の特定の委任があれば、九会社を代理して組合と団体交渉のできることは、債務者らの主張するところであるから、債務者らに協約履行の意思があつて、協約に基く統一的な団体交渉をしようと思えばできないわけでなく、これをもつて、事情の変更ありとして協約を無効とすることのできないこともいうまでもない。その他協約を無効としなければならないほど重大な事情の変更のあつたことを認めるに足る疎明がない。従つて統一労働協約が債務者らの一方的な失効通告によつて、その効力を失つたものということはできない。
三、そこで次に統一労働協約の効力が昭和二十八年六月十八日以降三ケ月間延長されたかどうかを判断する。
協約第三十六条に「この協約の全部又は一部の改訂の申入があり、交渉が続行されている間は三ケ月を限りこの協約の効力を延長するものとする」と定められていること、組合が昭和二十八年五月十八日附書面を以て、協約第七条(異動)及び第八条(休職)関係につき一部改訂の申入を、協約に定める形式に従い改訂案を明記し且つ団体交渉の申入をすることによつて為したことは当事者間に争がないから、右第三十六条にいう「協約の一部改訂の申入」があつたものということができる。
協約第三十六条の趣旨は、なるべく無協約の状態を避けるために協約の改訂申入があり、交渉がつゞけられている間は協約の期間満了後も、三ケ月を限つて協約の効力を延長し、その間に協約を改訂させようとしたのである。ところが、九会社及び電気事業連合会が連名で五月二十九日組合に対し、部分的改訂に反対の旨を通告し、さらに協約の有効期間満了の直前である六月十七日に「今後九電力会社としては、個別的にそれぞれの会社の実態に即した新たな労働協約について誠意を以て交渉をすすめる用意がある」旨並びに「電気事業連合会は六月十八日限り協約に関し交渉の権能を有しない」旨を通告したこと、六月十八日以降組合と会社側との間に改訂交渉について一回の団体交渉も行われていないこと、は当事者間に争がないところであるが、仮りに一方が交渉を拒否しても、他方が交渉を断念しないで努力し続け無協約状態を避けようとしている以上は、協約第三十六条にいう「交渉が続行されている間」というに妨げないばかりでなく、一方は統一団体交渉による統一労働協約の改訂を主張し、他方は九会社の個別的団体交渉による個別的労働協約でなければ改訂に応じられないと主張し、その交渉の方法や結論について相容れないだけで、協約の一部「改訂申入」と「交渉」とは存在しているのであるから、同条にいう、「協約の一部の改訂の申入があり、交渉が続行されている間」に当ると解するのが相当である。従つて統一労働協約はその効力を三ケ月間延長され、昭和二十八年九月十八日までなお効力を有するものと解さねばならない。
四、然しながら、延長された協約の有効期間である昭和二十八年九月十八日は、本件仮処分異議申立事件の審理中に過ぎ去り、統一労働協約は遂にその効力延長期間の満了によつて失効した。従つて、すでに過去のものとなつた労働協約がいつまで存続したかを確認することは、今日では法律上の利益がなく、いわゆる確認の利益のないことに帰し、そのような確認の本訴は許されない。従つてその本訴を前提とする仮処分申請は今日に至つては許されないから本件仮処分申請はその余の点を判断するまでもなく、理由のないことになる。よつて当裁判所が同年八月十九日右申請を理由ありと認め発した債権者と債務者らとの間の昭和二十八年(ヨ)第四〇二一号地位保全仮処分命令申請事件についての仮処分決定は、もはやこれを維持する理由がないからこれを取消し、右仮処分申請はこれを却下すべきものとし、なお申請費用について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 千種達夫 立岡安正 高橋正憲)